360年続く江戸は新吉原。江戸文化および伝統を守るため、街ぐるみで日々様々な活動をしております。1月甘酒奉納・2月節分祭り・4月江戸吉原花魁道中・5月吉原神社例大祭・9月吉原俄・11月酉の市・12月餅つき

花魁になるまで

吉原のお正月「京町一丁目 俵屋内 花山 つぼみ ふぶき」

花魁には誰でもなれたわけではありません。子供の頃から廓内で姐さん方に従事し、きちんとした教育を受け、花魁としての「美貌」「教養」「芸事」「書」等がきちんと出来なければなれなかったのです。

禿(かむろ)

 禿(かむろ)は少女時代から、花魁になる為の教育を受け、その中の数人だけが花魁として店に出る事を許されました。禿は7歳~8歳から姐さん方に付き、花魁の食事の給仕やたばこの吸いつけ、廓内の小間使いなどをしながら、三味線や唄、書などを習います。

 その中でも器量の良い子は、引っ込み禿となり、姐さん方の手を離れ廓主や内儀から新造になる為の英才教育を受けます。新造になる為の引っ込み禿の年は、大体13歳から14歳といわれます。将来上位の遊女になることを約束された禿だけが、引っ込み禿になることを許されたのです。

新造(しんぞう)

 禿を経てその上の新造になります。新造には振袖新造、留袖新造、番頭新造の三つがあります。
振袖新造はまだまだ姐さんの見習いをする立場で、客を取る事はありません。
18歳になっても独り立ちが出来ず、姐さんの世話になりながら客を取る新造を留袖新造といいます。
番頭新造は大体30前後。身請けされないまま年季を過ぎた子達が再び廓内で働く為になること。
番頭新造は経験も豊かですから、花魁の身辺の用を勤めたり、茶屋に出向き初回の客の品定めをしたりと、花魁の引き立て役や相談役になってあげるのです。

遣り手

元々は遊女で、30歳以上の者がなった。
遊女の値段を決めたり、酒宴の内容を決めたりと、見世の実質的なマネージャー役をこなす。
一人の遊女に付くのではなく、見世全体の遊女の切り盛りをしていた。遣り手婆の語源。

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